SLUD85共催 CIシンポジウム


協調的知能共同研究講座シンポジウム「時間と記憶 〜自己と他者のあいだの礎〜」
共催:人工知能学会 言語・音声理解と対話処理研究会第85回研究会

日時 2019年3月7,8日(木,金)
場所 京都大学吉田本部キャンパス
   3/7:総合研究8号館 講義室2
   3/8:時計台記念館 国際交流ホールIII

本シンポジウムは,第85回言語・音声理解と対話処理研究会の特別セッションの形で開催します.協調的知能に関わりの深い「時間と記憶」と「自己と他者」の関係をテーマとして,インタラクションデザイン,時間と自己および意識,記憶と感情といったことがらについて,2日間にまたがり,以下の5名の講師に脳科学・認知科学・哲学・心理学・精神病理学の各視点からご講演いただきます.

3/7 PM
野間俊一先生(京都大学)「体験の基底としての時間と身体:精神病理学の観点から」

私たちは、日々つねに時間を意識しながら、時間を軸として生活している。しかし、一人ひとりが同一の時間を生きているとは限らない。精神医学の領域で時間を主題的に扱った精神病理学者に木村敏(『時間と自己』)がいるが、彼は時間感覚ではなく人びとが生きる時間性(時制)に着目し、統合失調症者にみられる先取り的な生き方を「アンテ・フェストゥム(祭りの前)」、うつ病者にみられる完了態としての生き方を「ポスト・フェストゥム(祭りのあと)」、てんかんや躁病者にみられる現在に没入する生き方を「イントラ・フェストゥム(祭りのさなか)」と呼び、独自の祝祭論を構築した。ただ近年話題になっている解離症者も自閉症者も、目の前の現在だけを問題としながらも現実感の乏しい世界を生きていることから、現代では「コントラ・フェストゥム(祭りのかなた)」という生き方が蔓延しているともいえるだろう。イントラ・フェストゥムもコントラ・フェストゥムも、現在という瞬間に没入している時制としては同じだが、前者が身体的なエネルギーを現在に集中させているのに対して、後者はエネルギーを拡散させ、浮遊的な身体感覚をもっていることが特徴である。

コントラ・フェストゥムを生きる解離症者の時間体験を考えるにあたり、ベルクソンの記憶の逆円錐図(『物質と記憶』)を参照しよう。ベルクソンは、現在と接する逆円錐の頂点で身体化された「手続き記憶」を、現在から離れた逆円錐の底面で「エピソード記憶」を示し、頂点を生きる人を「衝動の人」、底面を生きる人を「夢見る人」と呼んだが、この二つはそれぞれイントラ・フェストゥムとコントラ・フェストゥムに当たる。解離症者は現在から離れて生きる傾向があるため、身体感覚は不鮮明で、さまざまなエピソード記憶を歴史の中につないでいくことが困難であり、そのためにしばしばエピソード記憶の混乱としてのフラッシュバックに悩まされるのだろう。

現代を生きる私たちは、さまざまなツールからの膨大な情報に翻弄され、身体は現実をとらえ難く、自己像もまた焦点を結びにくくなっている。今こそ、身体をあらためてとらえ直し、時間を歴史の中で紡いでいく術を模索していく必要があるのではないだろうか。

平井靖史先生(福岡大学)「記憶・意識・時間:拡張ベルクソン主義の観点から」

人間がパートナーや友人・同僚と協調的で豊かな関係を築くための条件を反省するとき、時間への着目はしばしば貴重な示唆を与えてくれる。われわれは誰かと「同じ時を過ごす」、と言う。興味深いことに、「空間的に近傍にいる」ことは、この種の経験にとって必要でも十分でもない。同じ列車にたまたま乗り合わせてもそこに必ずしも共有された経験はないし、離れた二人が「一つの大切な時間を分かち合う」こともありうる(出来事の個体化への、記憶・意識・時間の関わり)。

このように、われわれ人間が日々営んでいる当たり前の〈経験〉にとって、時間そのものが持つ意味と機能について一定の哲学的展望を得ておくことは、同種のものに構成論的にアプローチする上でも有益な手がかりをもたらすかもしれない。

アンリ・ベルクソンは、まさに時間の観点から、きわめて独創的な心の哲学を展開したフランスの哲学者である。本発表では、近年PBJ(Project Bergson in Japan)の成果として飛躍的に解明が進んだ彼の時間哲学の中から、今回のテーマに関わる話題をいくつか提供したいと思う。

    • 1.意識の構成論のアポリア:人間の認知・判断・行動の機能を解明し実装しても、心的意識経験が作れるのかというギャップにどう向き合うか。
        2.内容バイアス:人間らしい振る舞いとして、発話や所作の「内容/機能」に着目しがちであるが、生きた時間を享受するという意味での〈経験〉にとっては、むしろそれを支える「時間構造」の方が決定的な貢献をしている。
          3.創造性の構造:たんに同調的・相互調整的coordinativeであるだけではない意味で協調的collaborativeであるためには、エージェントの側の自律的で創造的な知性が不可欠である。ある同一主題について協調的な関係を築く上で重要な創造性の契機として、観念システムの階層シフトや、展望の時間スケールシフトなどを取り上げたい。

  • 3/8 AM
    楠見孝先生(京都大学)「なつかしい記憶と他者との絆」

    なつかしい記憶は,現在から過去へのメンタルトラベルによって,他者との絆や場所とのつながりを想起させ,幸福感や甘酸っぱい気持ちを引き起こす。本講演では,なつかしい記憶の想起によって,社会的な絆がいかに強まるかを,心理学的な調査と実験データ,そして理論に基づいて検討する。

    なつかしい記憶を思い出すには,きっかけとなるトリガーが必要である。代表的なトリガーには,メディア(例:昔の音楽),モノ(例:飲食品,おもちゃ),場所(例:実家,小学校),人(例:昔愛した人,小学校時代の友人)がある。特に,人は強いなつかしさを引き起こし,時間を越えた人との絆を感じさせることになる。トリガーとなる対象には,(a)過去における頻繁な接触経験による親密性の増大と,(b)最近は接触していないという空白期間の存在の2つの要因が重要である(単純接触と時間的空白モデル,楠見, 2014)。

    なつかしさは,大きく個人的なつかしさと文化的なつかしさに分かれる。個人的ななつかしさは,エピソード記憶に支えられている。これは,人生における時間軸と特定の場所に関わる記憶である。人生においてもっともなつかしい時期は,10代から20代である。文化的なつかしさは,ある文化において共有されているなつかしい事象(例:個人的経験のない田園風景,昭和30年代)に対するなつかしさであり,知識に支えられている。さらに,これらのなつかしさの土台には,味や匂いなどの無意識レベルの潜在記憶がある。

    なつかしい記憶を想起することは,社会的な絆を強める。すなわち,大切な人とつながっているという社会的結びつき感や人に支えられているという社会的なサポート感を高め,孤独感が減少し,幸福観を高めるというポジティブな効果がある。そのほか人助けなどの向社会的行動も強める。こうしたなつかしさのポジティブな傾向は,加齢によって高まる。また,なつかしさには,人生の意味や過去の自分との連続性を認識し,人生の時間的展望における過去を肯定することにつながる。

    モノや場所のようななつかしい記憶のトリガーの多くは,時間の流れの中で変化し失われる運命にある。しかし,近年では,インターネット上に,なつかしい画像や音楽を公開し,世代を共有する人と情報交換し,絆を作ることもできる。また,こうしたなつかしさの機能を利用した回想法による高齢者の支援,広告やまちづくりのデザインへの応用が行われている。

    楠見 孝編 (2014). なつかしさの心理学:思い出と感情,誠信書房

    3/8 PM
    乾敏郎先生(追手門学院大学)「自己・他者認知と意識の脳内メカニズム:自由エネルギー原理の観点から」

    一時的自己は、自己主体感、自己所有感、自己存在感から構成される。特に自己主体感は、多くの実験的研究に基づき、その脳内メカニズムが明らかになりつつある。本稿では、最近急速に発展しつつある自由エネルギー原理について述べた後、我々が提案した運動予測に関するカルマンフィルタモデルを紹介し、あわせて自己意識の機構について考察する。自己主体感や意識に関しては、自由エネルギー原理から導出された能動的推論という概念が重要であり、この新しい観点で運動と自己主体感について議論する。最後に、自己や自己意識に関して最近の展開にもふれる。

    キーワード:自由エネルギー原理 無意識的推論 能動的推論 制御状態 サプライズ 自己主体感 自己・他者認自己意識 自己証明 マルコフブランケット


    植田一博先生(東京大学)「認知的インタラクションデザイン学:時間機序を考慮した他者の内部状態推定」

    本講演の前半では,科学研究費補助金・新学術領域研究『認知的インタラクションデザイン学』の概要を説明した上で,インタラクションのプロセスの分析やモデル化を行う上で本科研プロジェクトが何を重視しているのかについて説明する。特に,時間的随伴性や相互適応などの,インタラクションにおける時間的な要素を考慮した分析とモデル化を行う必要性について議論する。

    さらに後半では,そのような分析やモデル化を行った,筆者のグループによる研究事例を紹介する。具体的には,まず,実際の旅行相談場面における販売員と顧客の2者間インタラクションのプロセスを分析するために実施した実験的研究を紹介する。特に,両者が相談中に表出する言語・非言語行動を,隠れマルコフモデルを用いて分析することで,相談の成否を決める要因を検討できるのかどうかについて議論する。

    時間が許せば,同様に隠れマルコフモデルを用いて,文楽の人形遣いの協調の仕組みを分析した研究も紹介する。具体的には,全体の意思決定を行いながら人形の頭と右手を操作する"主遣い"の意図("主遣い"が行おうとしている型動作の種類)を,人形の左手を操作する"左遣い"が人形動作中に埋め込まれている"ず"と呼ばれる合図から,どのように判断しているのかを検討した結果について説明する。

    次に,インタラクションを通して相手の選好を推定するという日常的な行為の背景にある認知的・社会的なメカニズムをモデルによる分析から明らかにした研究について紹介する。特に,人はAIに比べて少ない事例からでもそれなりに正しく推定することが可能な理由について検討した結果を説明する。最後に,今後のインタラクション研究に求められる事柄について議論する。