【設立によせて】


協調的知能共同研究講座設立にあたって − 辻野 広司(㈱ ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン 代表取締役社長)


未来を語ること

私と京都大学との関係は数十年前に遡ります。約25年前のこと、「人工知能とはいったい何なのか?何が構成要素で、何ができればいいのか?」という素朴な疑問をぶつけに、私は人工知能の総本山である京都大学の門を叩きました(今思えば、困った若者でした)。その当時は、長尾真先生が研究室を持たれておりました。そこへ菓子折り一つをぶら下げて相談に伺ったところ、なるほどそういう話であるならばと、松山隆司先生をご紹介いただき、そして中村裕一先生も巻き込み、一年ほど人工知能に関する議論に参加させていただきました。若輩者に対して、貴重な時間を割いてくださった先生方の情熱は驚くべきもので、感謝の気持ちを言葉にできません。その後も、知能情報学専攻の奥乃博先生らが提案された「ロボット聴覚」という日本発の新しい学術領域の開拓にも助力させていただき、多くの優秀な研究者やエンジニアの輩出にも協力できたかと、いま思い返しております。

今回の共同研究講座設立のきっかけは2016年1月、松山先生と久々にお話しをした時にさかのぼります。昔ばなしを語るなか、 昨今のAIブームに流されるのではなく、AIをコンセプトから提案し、切り開いていく研究をしていかなければいけないという危機感を共有させていただきました。その思いを具体化するために、未熟なのは覚悟の上、2016年4月に知能情報学専攻の先生方と「人と協調するAI (Cooperative Intelligence)」についての最初の議論をさせていただきました。6月には日本、アメリカ、ヨーロッパのホンダ・リサーチ・インスティチュートの研究者を交えたワークショップを京都で行い、議論を深め、この度、知能情報学専攻との共同研究講座の設立が実現しました。

しかし、なんという運命のいたずら。共同研究がまさに始まろうとする直前、2016年12月に松山先生は突然他界されました。先生は死の直前まで、常に最先端のレベルで日本の研究や京都大学知能情報学専攻のありかたをお話しされていました。今回の講座は松山先生の情熱とお力添えなしにはスタートできなかったものです。先生の遺志を継ぐ意味でも、この講座には特に力を入れ、進めてゆく所存です。

「ヒトを知り、ヒトに学ぶ」というホンダ・リサーチ・インスティチュートのビジョンは、今回の共同研究とも合致するものです。世界中から多くの方々が集い、未来を語ること。人や知の本質を理解し、そこから人に役立つ技術革新を創造すること、そして活発な研究や議論を展開し、京都発の新しい人工知能研究をどんどん生み出していくこと。そんな活動を目指していきたいと思います。

「人と協調するAI (Cooperative Intelligence)」の構想にご共感いただき、この共同研究講座を設立できたことを、ここに感謝いたします。

協調的知能共同研究講座への期待 − 熊田 孝恒(京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻教授)


共同研究講座への大いなる期待

「人と協調するAI (Cooperative Intelligence)」。それが実現した世界は、想像するだけでも心踊ります。しかし、いざ具体的に研究を始めるとなると、前例なき大海原を目の前に、どこからどうやって手をつけたらよいのか、眩暈がするようでもあります。共同研究講座の船出は、そんな期待と不安が交錯したものとなりました。

私を含め知能情報学専攻の大半の教員が、松山隆司先生のご紹介で、ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンの辻野広司さんに初めてお目にかかったのは2016年4月のことでした。この時、「Cooperative Intelligence(協調知能)」という言葉にも初めて出会いました。その後、ワークショップでの議論等を経て、おぼろげながらもその輪郭が浮かび上がってくるに従い、このコンセプトが人工知能と人間との関係の新しいあり方を提案し、ひいては世界を劇的に変えうるものであることを確信するに至りました。知能情報学専攻の総力を結集し、この冒険にチャレンジするということについて、本専攻のすべての基幹教授の賛同が得られ、たまたま昨年度、専攻長であったという成り行きもあり、この講座の専攻側の窓口を私がお引き受けするかたちとなりました。

この2年間、専攻長として知能情報学専攻を見ていて、その現状と将来についてある種の心配を感じることが度々ありました。世界は人工知能ブームに沸いています。しかし単に流行を追うのではなく「もっと地に足のついた基礎研究を継続、発展させるにはどうしたら良いのか」「知能情報学専攻が人工知能ブームに埋没してしまわず、真にイノベーティブでユニークな存在であり続けるためにはどうすべきなのか」。特にこの一年間は、これらのことについて、松山先生と何度も議論を重ねてきました。本年3月に退職を控えていらした松山先生としては、自らが作り育てた知能情報学専攻の将来への置き土産として、この講座の設立を着想されたのだと私は思っています。しかし、その設立を、そしてその成果を見ることなく、2016年12月に松山先生が急逝されたことは、本当に残念でなりません。

知能情報学専攻の設立以来の特徴の一つとして、計算機科学などの中心的な学術分野のみならず、脳科学、心理学、生命科学などの幅広い分野の教員を多数擁していることが挙げられます。しかしながら、昨今、各研究室での研究の先端化、先鋭化にともない、研究室間の壁が高くなってきた感を私は抱いており、その問題意識は松山先生とも共有していました。同じ専攻内の各研究室において近接する最先端の研究をしているのにもかかわらず、交流がほとんどないというようなことも常態化しつつありましたし、それに伴い若手の研究員や大学院生の視野が狭まりつつあることも大きな懸念材料でした。これでは知能情報学専攻のスケールメリットや学際性を十分に生かし切れない、そう私は感じていました。

そんな状況で実現したこの共同研究講座を、私は新しいオープンインベーションのテストケースにしたいと考えています。人間と人工知能との新しい協調の形を模索するCooperative Intelligenceは、人間や人工知能に関わる幅広い分野の研究室が共存する本専攻にとって、まさに相応しいテーマです。専攻内のすべての教員、研究員、学生、そしてホンダ・リサーチ・インスティチュートの方々が、京都大学の伝統でもある「自由闊達な対話」を通じて互いのアイディアをぶつけ合い、研究を楽しみ、切磋琢磨すること。その先に、人間と人工知能との関係の新しい形が浮かび上がり、世界を劇的に変えてゆくことを私は確信しています。この講座では、特に学生や若い研究員、教員にとって刺激となる経験の場を提供すべく、現在、いくつかの仕掛けを構想中です。その中から、世界を一変させるような真にイノベーティブな研究が芽吹くことに大いなる期待を寄せています。

ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンの協力のもと、知能情報学専攻にとっても最高の研究環境が生まれました。ここで何ができるかが、今、すべてのメンバーに問われています。皆さんの積極的な参加と活発な研究を切望しております。そして、このような場をご提供下さいました、辻野さんをはじめとするホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンの皆様に、心より感謝を申し上げます。